付録 「鹿児島の青少年に誇りと夢を」 - 3 自分らしさと言うこと1

パリで最も軽蔑される外国人とは、フランス語を極めて流暢に話し、服装から身振り手振りまでフランス人そっくりの人々だという。

鹿児島純心短大の学園祭に遊びに行く機会があった。茶道部の部屋でお茶をご馳走になりながら、鹿児島市の吉野に住んでおられると言う部活の若い女の先生にこの話をすると、「そうです、私の母はお茶とお花の指導をしていますが、その仕事でアメリカにも良く行きます。そこでは和服をきちんと着て一流のホテルに行くとVIP待遇をされるそうです」と答えてくれた。

オランダ人は長崎のオランダ村にリピ―タ―として来ただろうか。東京デズ二―ランドにアメリカ人がわざわざ遊びに来るだろうか。日本を訪れる外国人は京都、奈良に行くはずである。個人も法人も国家も物真似は軽蔑の対象とされる、自分らしさと言うことを大切にしたいものである。

東洋的な黒い瞳と黒髪は神秘的に見え西洋人の憧れと私たちは教えられたものだったが、最近は若い女の子だけでなく男子までも髪の毛を茶色に染めているのが多くなり目立つようになった。そして片仮名英語が多用されて日本語の乱れが甚だしい。民族独自の伝統文化を嫌悪し他国の物真似する日本人の姿を外国人は軽蔑していないだろうか。ちなみに、古代ローマ帝国の血を引く誇り高きフランス人は英語を話せる人すら仏国語しか使わないのである。画一化されたファッションなどの流行を追うよりも、自分に似合う個性的な身だしなみの方がより魅力を引き立てるのではなかろうか。ファッションに限らず何事も自分の頭で考え判断し、物事の真実を見られる人になってほしい。

欧米の見せつけ挑発する文化に対し、日本の文化の真髄は覆い包み隠す恥の文化であり、支配と競争の文化に対し、共存共栄の文化でもある。環境にしても自然を克服し支配する考え方に対し、日本人は古来、八百万の神々とし尊敬の念を持ち崇めてきたのである。人間が万物の霊長などとの思い上がった考え方を改め、人類は他の動植物などを支配するのではなく、共生しながら生きてゆかねばならない。たとえ人類が滅亡しようとも、地球は何事も無かったかのように回り続けるのだから。地球に優しくではなく、人類に優しくが正しいのである。人間は大自然に対しもっと謙虚になるべきだ。

以上述べて来たような哲学、思想を背景に持つ日本の伝統、文化に誇りを持ちたいものである。