付録 「鹿児島の青少年に誇りと夢を」 - 6 私の県議会処女質問より「ザビエル書簡」

鹿児島の青少年たちに夢と誇りを持たせる願いを込めて、原稿作りをはじめて早4ヶ月目にはいり、最後の稿を迎えた。私は昭和58年4月に、34歳で県議会に初当選さして頂き、その時は鹿児島県議会最年少議員だったので、最初の質問は議会内外からどんな評価を受けるのか注目されていると勝手に意識していたので、かなり原稿作りには気を使った。いろいろな方々の知恵とお力を頂き完成し、昭和58年12月議会で処女質問したがその原文が、議事録として県議会事務局に保存されているので以下一部を抜粋、加筆訂正してご紹介し、私の稿の最終回としたい。
 

「上原一治君登壇」(拍手)

〇上原一治君 天文18年、西暦1549年8月15日、ポルトガルのジョアン3世の要請を受け、日本に初めてカトリック教を伝えたフランシスコ・ザビエルが、我が郷土薩摩の国に上陸した事は周知の事実であります。薩摩に滞在する事約2ヶ月半後の天文18年11月5日、彼はゴアの友人宛に長文の手紙を書き送っておりますが、この書簡こそ後世における聖フランシスコ・デ・ザビエル書簡抄そのものであります。その内容のうち肝要な部分だけを抜粋しご紹介いたしますと、次のとおりであります。

この国民は、わたしが遭遇した国民の中では一番傑出している。日本人より優れている者を見たことがない。日本人は総体的に良い素質を有し、悪意が無く、交わってすこぶる感じが良い。彼らの名誉心は特別に強烈であり、彼らにとって名誉が全てである。日本人は大抵貧乏である。しかし武士たると平民たるとを問わず、貧乏を恥辱だと思っている者は一人もいない。

 彼らは恥辱や嘲笑を黙って忍んでいることをしない。日本人の生活には節度がある。ただ飲むことに於いて、いくらか過ぎる国民である。博打は大いなる不名誉と考えているから一切しない。何故かと言えば、博打は自分の物でない物を望み、次には盗人になる危険があるからである。住民の大部分は読むことも書くこともできる。窃盗は極めて希である。彼らは盗みの悪を非常に憎んでいる。大変心の善い国民であり、交わり且つ学ぶことを好む。 

 私は今日まで旅した国に於いてそれがキリスト教徒たると異教徒たるとを問わず、盗みに就いてこんなに信用すべき国民を見たことが無い。大部分の日本人は、昔の人を尊敬している。彼らは、皆、理性的な話を喜んで聞く。

                     ~~(引用終わり)~

            
 ザビエル書簡抄は私の愛読書の中の一つでありますが、私はこの書簡抄を繰り返し読むたびに、今から約400年前の日本人の素晴らしさに心を打たれずにいられません。そしてさらに、私が感動いたしましたのは、ザビエルは日本に上陸した8月15日から手紙を差し出した11月5日までの約2ヵ月半、当時の薩摩の国から一歩も外に出る事なく、薩摩の人々と交わり、薩摩の人々の生活を見聞し、そしてその薩摩の人々の印象をゴアの友人に書き送っていると言う事実であります。つまり、彼の書簡に出てくる、優秀で名誉心が高く、節度があり、教養のある日本人とは、われわれ鹿児島県民の400年前の県民性そのものであります。私はこの書簡抄に出会い、鹿児島県民であることに大きな誇りを抱くようになりました。

ところで、その後世界に誇れる我が薩摩の国は、キラ星のごとく多くの人材を輩出し、日本の白人からの侵略を救い、明治維新への大きな力となると共に、新しき日本国の基礎作りにも極めて大きな役割を果たしました。そしてそれを支えたのは薩摩の教育基本法といわれる郷中教育にあり、この負けるな、悪口を言うな、嘘を言うな、に象徴される郷中教育を通じ、維新の原動力となった優秀で名誉心が高く、節度があり、教養のある理性的な薩摩人が作り上げられていきました。

しかし、最近本県におきましても、校内暴力など青少年の問題行動等が増加傾向にあり、ザビエル書簡抄にうたわれた鹿児島県民性のすばらしさを知る人間の一人として、大変さびしく思っているところであります。又交通事故も戦後最高に達し、県警本部長自ら夜半街頭に立たれるという極めて憂うるべき事態になっております。私はその対策としては、物的環境整備もさることながら、むしろ書簡抄に見られるような道徳性の高い人間づくりこそが最も肝要と思っておりますし、このことは薩摩の歴史を見ても明らかであります。

そこで私は、現在行われているもろもろの県民運動をもう一度見直し、複雑な窓口を一本化した上で整備統合し、知事を中心とした一大県民運動を展開することにより、鹿児島に生まれ、鹿児島に育った事に対し誇りと自信を持ち、日本中、いや世界中どこへ行っても肩を怒らかせて、下駄の歯を鳴らし、大道の真ん中を闊歩できる、400年前のあのザビエルの時代に優るとも劣らない鹿児島の県民性取り戻して頂きたいと声を高らかに叫びたい、そんな気持ちでいっぱいであります。

そしてそのザビエルの時代に返れた時、私たち180万県民は薩摩よみがえりと快哉を叫ぶ事が出来ると思いますが、賢明なる鎌田知事の御所見をお尋ねいたしたいと存じます。


            おはり

               「参考」薩英戦争の戦後処理のため薩摩に訪れた英国人たちが
               郷中教育に感動し、帰国後始めた運動がボウイスカウトである。

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